|
2002年の6月、それまで勤めていた会社をやめて就職活動をしていました。大学時代から目指していたIT技術者の職をさがしていました。いったん就職したのですが、これは違うと思い2ヶ月で退職しました。その後、就職活動中にソフトブリッジを知り、2002年の11月にインド行きを決定しました。
当時はSARSが猛威をふるっており、かなり不安でした。2003年8月に実際に渡印したのですが、出発日が近くなってくると、だんだんと不安が期待にかわってきました。英語でのコミュニケーションが一番の不安材料でしたね。家族は心配していましたが、本人としてはもう失敗することもないだろうと、だんだんと楽観的になっていました。
実際にインドにいくと、最初の2ヶ月は英語の勉強オンリーでした。ガードレイ先生という、プネ大学で教えている先生で、先生のご自宅にうかがって勉強しました。その後は基礎IT、Access、C言語など、すべて基礎の基礎から始めました。OSの概念なども、このときに習いました。
先生のご自宅で習った後は、C-DAC/ACTSで勉強しました。毎朝8時半に起きて、朝食を食べます。9時過ぎにアパートまで迎えがきて、勉強開始です。12時過ぎにいったん家にもどり、昼食は家でとりました。昼食後はまた学校にもどり、5時過ぎまで勉強していました。こういった毎日です。はじめは一人暮らしだったのですが、途中からソフトブリッジのスタッフと同居しました。
インドに行く前から、インドはIT大国だという知識はありました。インドに行くにあたって、自分がパイオニアだという自覚がありました。いま思うと、やりたい放題、わがままをとうさせてもらいましたね。休日などは、友達になったインド人エンジニアに映画に連れていってもらったりしていました。
英語は5ヶ月では物足りなかったですね。もうすこしインドに残って勉強したかったです。とにかくヒアリングが大変でした。本当に苦労しました。
成果としては精神的な面が大きいです。精神的に強くなりましたね。それまでは、どちらかというと保守的だったのですが、チャレンジ精神を身につけて帰ってくることができました。技術的にはまだ未熟ですが、実際に見て学ぶ大切さを実感しました。
自分一人で生活して、誰にも甘えられないという体験が大きかったと思います。また一生懸命勉強しているインド人エンジニアに触れていると、やればできるんだ、という気持ちが湧き上がってきましたね。最初は自分から口を開けないシャイな日本人だったのですが、帰る頃には英語で自己主張できるようになりました。日本社会においては使い分けが大切ですけれどね。
インド留学経験のおかげで現在の会社に入社することができました。求人ページに登録していたところ、スカウトメールがやってきて入社にいたりました。単身インドにわたり、チャレンジしたということが評価されたのだと思います。現在の会社では、インドで身に付けたコミュニケーション能力がたいへん役立っています。後輩たちには、とにかくチャレンジしろ、悩む前に行動しろと云いたいです。
日本へ戻ってきて感じるのですが、日本人は働き過ぎなんじゃないかと思う様になってしまいました。もっと家族との時間を大切にしたほうがよいのではないかと感じます。家族を大切にする文化がもっと日本に根付いてほしいですね。
またぜひインドに行ってみたいと思っています。前回は勉強ばかりであまり観光もしていなかったので、次回は観光中心の日程で遊びにいきたいですね。とにかく貴重な体験ができたといまでも思っています。
|